るさんちまん

技術メモとか雑記とか

『ジェンダーについて大学生が真剣に考えてみた』を読んで考えてみた

きっかけはりっちゃさんのこのツイート。

最近、D&Iについて興味が出てきて WORK DESIGN(ワークデザイン) を読み始めているのですが、他の本も読んでみたいと思っていたところだったのでポチって読んでみました。

このエントリでは、『ジェンダーについて大学生が真剣に考えてみた』(以下、本書)を読んで自分が考えたことや調べたことを書こうと思います。

本書全体を通しての感想

本書は、ジェンダーに関する具体的な29のトピックについて平易な言葉で書かれており、読者を選ばない非常に読みやすい本です。

昨今見聞きすることの多くなった男女差別やセクシュアルマイノリティフェミニズムに関する素朴な疑問がトピックになっており、ページ数も200ページ弱と短いです。

各トピックに対する回答は「ホップ」「ステップ」「ジャンプ」の3部構成になっており、読み進めるうちに徐々に知識を深めることができるのもユニークで、読者の興味や理解度に応じて読む範囲を調節することができます。

ただ、本書を読む場合に2点気をつけなければいけないと感じました。

1つは書き手がマイノリティ側の視点に偏っており確証バイアスが強いこと、そしてもう1つは筆者の考えを事実であるかのように記述した部分があることです。

例えば 26. 性暴力って被害にあう側にも落ち度があるんじゃない? の章では下記のような記述があります。

「そんなに肌を出した格好をしていると変な人に襲われるよ」という一見親切な言い方も、実は「露出の多い服装をした人は被害にあっても仕方がない、自己責任だ」という被害者落ち度論を間接的に認めていることになるのです

主張したいことは理解できるのですが、論理の飛躍があります。 もしこの理屈が成り立つとすると、「夜道は痴漢に注意」という看板が間接的に「夜道を歩いている人は痴漢にあっても仕方がない、自己責任だ」という主張を間接的に認めていることになりますが、そうではないでしょう。

このような思い込みや例示の不適切さ、筆者の主張に対する反証を例示しない等、中立的な立場で書かれていないと感じさせる部分が多いためフラットな目線でジェンダーギャップについて考えたい方には本書はあまり向いていないように感じました。

では、次のセクションから、この本で書かれている具体的なトピックについて3つをピックアップして考えていきます。

アファーマティブアクションは差別でないといえるのか

21. 東大が女子学生だけに家賃補助をするのって逆差別じゃない? には、下記のような記述があります。

進学機会が平等でなく、家賃がネックとなって進学に支障が出るような女性に家賃を補助するような制度は逆差別ではなく、積極的差別是正(アファーマティブ・アクションポジティブ・アクション)として考えられるものなのです

アファーマティブアクションと逆差別は完全に別であるかのように主張していますが、本当にそうなのでしょうか。

そもそも逆差別とはどういった意味なのでしょうか。 逆差別 - Wikipedia によると、

人種差別や部落差別、性差別、学歴差別などの是正措置の行き過ぎや目的の誤りによって引き起こされる差別

とあります。差別の是正措置が行き過ぎなのかどうか、目的に誤りがあるかどうかが逆差別と判断するための論点といえそうです。

1978年のバッキー判決(Regents of the University of California v. Bakke)では、大学入学におけるアファーマティブアクション自体の合憲は認めたもののクォータ制違憲判決を下しています。また、カリフォルニア州では96年の住民投票で廃止提案が可決されており、ワシントン、ネブラスカなど4州でも98年の住民投票で廃止提案が可決されています。

このことから、現在でもアファーマティブアクションの是非は議論されている最中であり、安易に逆差別と切り離すことができない問題といえます。

次に、本書でもトピックに上がっている女性専用車両が逆差別なのかどうかについても考えてみます。

女性専用車両は差別なのか

22. 女性専用車両って男性への差別じゃない? には下記のような記述があります。

たしかに女性専用車両は、普通の車両よりも混雑しておらず、比較的空いていることがありますね。ここから、(中略)女性専用車両は女性を優遇している男性差別だ、と主張されることがあります。しかし、女性専用車両の成り立ちを考えてみればこの主張のおかしさは明白でしょう。電車内の殺人的な混雑状況がそれ自体解消されるべき問題だとしても、女性に怒りの矛先を向けるのは見当違いというものです。

公共交通機関の利用に性別で制限を設けることに対して、制限を設けるに至った理由の正当性を制限自体の正当性に昇華させていますが、それは妥当なのでしょうか。

先の大学入学におけるアファーマティブアクションは歴史的な人種差別の是正措置であり、その理由の正当性を疑う人は少ないでしょう。ただし、それがすなわち逆差別でないと結論できるものではないことは示しました。

そのことを考えると、女性専用車両についても理由の正当性が制限自体を無制限に肯定できるとはいい切れないのではないでしょうか。

女性専用車両の違法性を否定した事例では、下記のような記載があります。

女性専用車両の設定は(中略)目的において正当というべきである。しかも、本件鉄道において、女性専用車両が設定されるのは、平日の通勤時間帯の一部電車、しかも、同車両が設定されるのは6両編成の車両のうちわずか1両のみに過ぎず、これは健常な成人男性の乗客をして他の車両を利用して目的地まで乗車することを困難ならしめるものではないから、健常な成人男性の乗客に対し格別の不利益を与えるものでもない

つまり、目的が正当かつ男性に対しても格別の不利益がないことから違法ではないと判断したということです。

極端にいえば、女性専用車両が6両編成のうち5両だったとしたら男性に対する不利益を鑑みて違法性の判断は変わる可能性があるのではないでしょうか。

ここまでの結論として、アファーマティブアクションが逆差別かどうかは長年議論されている難解なトピックであり、また目的の正当性だけでは逆差別を否定できず実施の方法や程度を考慮する必要があると考えられます。

最後に、3つめのトピックとして企業における男女格差の是正について、202030*1を例に考えます。

企業における男女格差をどう是正していくか

20. 管理職の女性を30%にするって、女性だけを優遇する逆差別じゃない? には下記のような記述があります。

逆差別ではありません。不平等な状態が先にあり、202030のようなポジティブ・アクションはそれを是正するための特別措置として位置づけられているのです。

ポジティブアクションが逆差別かどうかの議論はすでに終えているのでここでは省くとして、採用や昇進において女性が男性に比べて不利な状況にあるのは事実でしょう。本書でも2012年のアメリカの例が示されていますが、 WORK DESIGN(ワークデザイン) でも多くの論文や実験結果が示されています。

採用や昇進における男女格差を是正すべきという意見には私も同意であり、政府目標として202030のような KGI(≠KPI) を持つことには賛成です。ただ、どのように数値を達成すべきなのかについての議論も必要だと感じています。

DeNAの創業者である南場智子さんは、2013年7月に日経新聞主催で開催された「グローバル・ウーマン・リーダーズ・サミット」での特別講演でこのように語っています(少々長いですが、引用します)。

note.com

男と女という枠組みで、例えば何か数えたりとか、女性がもう少しマネージメント層に来なければいけないということで昇進をさせたりとか、あるいはそういう枠組みで人を捉えるということが、私は経験としてまったくないんです。 男と女以上にでかい違いは、「仕事ができるか、できないか」であって。あるいはできる人材は1人でも多く採用しようとしていて、それがもちろん女性であったら、女性としてのライフイベントは大いにサポートしたい。 それから育児であれば男性も女性も関係なく、育児で時短とか休むことも大いに奨励したい。男と女ということはまったく関係なく、サポートしたいと思っています。 ですからマネージメント層とか政治家とか、「女性と男性が50:50にならないといけない」という論にもあまり賛成はしていません。それぞれ選択肢が自由であれば選んだ結果かもしれない。それから誰も逆差別を提唱していないということは百も承知なんだけれども、数字が1人歩きするというのも大変に怖いことだと思っています。 やっぱり人事はベストな人材が実力と実績で曇りなく選ばれるべきであり、そこに少しでも曇りがあると、その人事が歪んでしまう。その結果、得られた数字にはまったく意味がなくなってしまうんじゃないかと感じています。

私は南場さんのこのメッセージにかなり近い考え方をしており、根底にある思想を分解すると大きく3つです。

企業における男女格差是正企業価値向上のために行うものであり、政治的な文脈を押し付けてはいけない

いうまでもなく、企業は営利を出すことを目的とした主体です。もちろんその活動において法律等のコンプライアンスを守る必要はありますが、原則的にはいかに営利を出すかを目的として活動を行うものであり、男女格差の是正についてそれ自身が目的になりうる主体ではないと考えます。

あくまで企業が男女格差を是正する目的は企業価値向上であり、企業イメージのアップや生産性向上があってはじめて男女格差の是正が目的となりうると考えています*2

なので、「男女格差の是正はそれ自体が正しい行いなのであるから(企業価値の上下にかかわらず)企業はマネジメント層の女性比率を上げるべき」といった主張には否定的な立場です。

なお、本書では女性管理職の増加と企業の生産性について下記のような記述がありますが、企業によって違う事情を統一的に論じようとする危うさと、2文目と3文目の関係が論理的に正とはいえないためこの主張に納得感を持つことはできませんでした。

202030によって女性管理職が増えることは、企業活動の妨げになるでしょうか。経済産業省の調査では、女性管理職比率が高い企業に利益率が高い傾向がみられました。この結果の分析は慎重に行わなければなりませんが、少なくとも女性の登用が生産性を低下させるわけではない、ということはいえそうです。

対症療法・意識改革より原因療法・仕組み化

私は現在ソフトウェアエンジニアとしてプロダクトの運用開発を行っているのですが、プロダクトの運用を行う中で障害が発生してしまうことがあります。障害発生時にはいかに早く復旧するかを考えて対応にあたるのですが、対応が終わって落ち着いた後には必ず関係者で障害振り返りを行います。

障害振り返りで行うことは、大きく分けて2つだけです。それは、原因の究明再発防止策の策定です。

障害が発生した直接的な原因だけでなくその背後にある根本的な原因が何であるかを様々な目線から考えることで、今回発生した障害だけでなく今後起こりうる障害を未然に防ぐことができます。つまり、対症療法でなく原因療法を行うことがプロダクトの運用を安定化する上で非常に重要なのです。

また、判明した原因をもとにどのような再発防止策をとるか考える上で原則となるのが「仕組み化」です。

例えばプロダクトリリースの際のオペレーションミスが原因で障害が起こってしまった場合の再発防止として「ミスをしないように気をつける」は最悪です。人間はいかに注意深く作業をしてもミスをすることはあり得るからです。また、「オペレーション時にダブルチェックをする」はそれよりも少し良いですが、チェックをする人数が増えてもミスをゼロにすることはできません。

最も効果が高い再発防止は「オペレーションを自動化する」ことです。なぜなら、自動化されたオペレーションであればたとえそれを実行する人が誰であってもミスが起こることがないからです。つまり、問題の再発防止を行う際に人の意識を変えるのでなく仕組みで解決するほうがよりよいということです。

私自身、ソフトウェアエンジニアリングにおける障害振り返りのエッセンスはより一般的な問題解決にも適用できる部分が大きいと感じており、企業における男女格差の是正にも「対症療法でなく原因療法」、「意識改革より仕組み化」ができないか考えることから始めたいです。 つまり、「女性管理職比率を無理やり上げるのでなく、なぜそうならないのかの根源的な理由をつきとめてそれを解消するはたらきかけをすること」や「個々人の持つジェンダーバイアスにはたらきかけるのでなく、バイアスがあっても格差が生まれないような仕組み(デザイン)作り」を最初に考えるべきではないでしょうか。

この考え方や具体的な仕組みづくりに興味のある方は WORK DESIGN(ワークデザイン) を読むことを強くおすすめします。

人事領域で数値目標をノルマ化すると質が下がる

採用を担当する部署の目標として「今期の採用目標xx人」のように数値を掲げるのは一般的かと思います。目標達成のため、タレントプールを増やしたり会社説明会を開いたり広告を打ったりというアクションを行うことになるかと思うのですが、それらのアクションの効果検証や改善を通して目標を達成するのでなく、数値だけをノルマとして扱ってしまうのは非常に危険です。

なぜかというと、本来遵守すべき採用基準に達しない人材を採用してしまうモチベーションが働いてしまうからです。

採用基準が全て数値化できるような客観的なものであれば全く問題ありませんが、現実の採用活動にはそういったことはほとんどなく採用担当や面接官の主観が入ってしまいます。その際に、数値目標を達成しなければいけないというバイアスから本来採用すべきでない人材を採用してしまうことが起こります。さらに悪いことに、採用の質が落ちていることには非常に気づきにくく、気づいたとしても取り返しがつきません。

そのため、採用目標の数値はKPIでなくKGIとして設定し、KPIは候補者からの応募数や面接官への満足度といったKGIをブレイクダウンした数値(かつ質を下げることで数値達成が容易になってしまわない数値)がよいのではないかと考えています。

内部登用についても同様で、202030の目標である「女性の管理職を30%にする」をKPIでなくKGIとして設定することで質の低下を防ぐほうがよいのではないでしょうか。

最後に

本書を読んで自身で調べたり考えたりすることで、男女差別や男女格差について漠然ともやもやしていたしていた感情や違和感について言語化することができ、頭がスッキリした気分です。 また、マジョリティの1人としてこのテーマのエントリを書くことに対して非常に大きなおそれや居心地の悪さを覚え、誰かの気分を害する表現がないか何度も何度も書き直しているうちに本書を読み終えてから公開するまでに1ヶ月以上かかってしまいました。。。

特にマジョリティーの立場からジェンダーについてのトピックを話したり書いたりすることはリスクが大きく、政治や宗教のように「黙っている方が得」という状況になっているのは誰も幸せになれないので、もっとおおらかかつカジュアルに議論できるようになるといいですね。

*1:社会のあらゆる分野において、2020年までに指導的地位に占める女性の割合を少なくとも30%程度にするという政府目標のこと

*2:CSRはどうなんだというツッコミがきそうですが、そこまで話を広げると長くなるので説明は割愛します